News Release

【世界初】カーボンナノチューブを認識する免疫受容体の発見

〜カーボンナノチューブが炎症を引き起こす機構を解明〜

Peer-Reviewed Publication

Ritsumeikan University

image: In a new study, researchers from Japan found that aromatic clusters on the extracellular receptor Siglec-14 found on macrophages recognized carbon nanotubes and then mediated an immune reaction to them view more 

Credit: Masafumi Nakayama from Ritsumeikan University, Japan

本件のポイント

■ CNTは次世代ナノ材料※1として大きく期待されているものの、一部のCNTはアスベスト様の毒性が懸念されており、その毒性発現分子機構は不明であった。

■ 独自のインシリコ探索※2により、世界で初めてCNTを認識するヒト免疫受容体を発見した。

■ マクロファージ※3がその免疫受容体を用いてCNTを貪食※4して炎症を引き起こすことを明らかにした。

■ 本研究で見いだした免疫受容体および炎症シグナルを標的とした健康被害の予防・治療法の開発が期待される。

<研究成果の概要>

CNTは多岐にわたる分野での利用が大きく期待されている日本発の次世代ナノ材料ですが、一部の多層CNT(Multi-Walled CNT: MWCNT)はアスベストに似た炎症毒性を示すことが動物実験で報告されています。しかしMWCNTがどのように生体内で認識されて炎症を誘導するのか、またヒトにおいても同様の炎症毒性が認められるのかについては判っていませんでした。本研究グループは、免疫細胞の一つであるマクロファージが細胞表面のSiglec-14 というヒト免疫受容体を介してMWCNTを貪食し、炎症を引き起こすことを明らかにしました。また新たに作成した抗Siglec14阻害モノクローナル抗体や、Siglec-14の炎症シグナル阻害薬を用いることによって、MWCNTの炎症毒性を軽減できることが判りました。今後の CNTの実用化に向けて、ヒトでの安全性の担保は重要課題であり、本研究はその一助になることが期待されます。

<研究の背景>

CNTは1991年に飯島澄男先生(現名城大学終身教授・名古屋大学特別招へい教授)の電子顕微鏡解析によって発見され、その高導電性、軽量性、強度などの非常に優れた物性から日本発の次世代ナノ材料として半導体、電池、医療など多岐にわたる分野での用途が期待されています。しかしながら、2008年以降の動物実験において、一部のCNTにアスベストと同じような毒性が相次いで観察され、2019年に国際化学物質事務局はCNTを有害な物質と判断しました。そのため今後のCNTの研究開発の継続については国際的に大きな議論となっています。CNTやアスベストは生体内に入ると免疫細胞のマクロファージによく貪食されます。本来マクロファージは体内に侵入した微生物などを貪食するなどして生体防御に重要な役割を担っていますが、アスベストや一部のMWCNTを貪食した場合は、ストレスを強く感じ、そのストレス応答(NLRP3 インフラマソーム※5 活性化を介したIL-1βなどの炎症性サイトカイン※6の分泌など)により、慢性炎症を引き起こすことが判ってきました。しかしながら、なぜマクロファージがCNTをよく取り込むのかは依然として不明でした。

<研究の内容>

本研究グループは最近、世界で初めてMWCNTを認識する受容体としてTim4を発見し、マウス実験においてMWCNTによる炎症にTim4が関与していることを明らかにしました(2021年2月10日 立命館大学-JST-東北大学共同プレスリリース※7)。しかしその後、ヒト細胞を用いた実験から、Tim4が発現していないマクロファージでもMWCNTを認識することが判り、ヒトではTim4以外の何らかの受容体がMWCNTの炎症に関わっている可能性が出てきました。Tim4のCNT認識様式は非常に特徴的なものであり、それは通常はタンパク質の表面に出にくい芳香族アミノ酸クラスターがTim4の構造表面には出ており、そのクラスターがCNT認識に必須だというものでした。そのため本研究では、Tim4以外のCNT認識受容体を見つけるために、独自のインシリコ探索を行いました。つまり、すでに結晶構造解析されている約150,000種のタンパク質三次元構造の中から芳香族アミノ酸クラスターを持つヒト受容体を探索し、Siglec-14を見つけ出すことに成功しました。分子動力学シミュレーション※8により、Siglec-14とCNTが安定して結合する様子を観察し、その結合モデルに一致してSiglec-14はTim4と同じように芳香族アミノ酸クラスターを介して MWCNTを認識することを実証しました。興味深いことに、Siglec-14受容体はヒトマクロファージ細胞表面でDAP12というアダプタータンパク質と会合して、spleen tyrosine kinase (Syk)というリン酸化酵素の活性化を経由して炎症シグナルを伝達します。本研究グループは、ヒトマクロファージにおいてSiglec-14がMWCNTを認識するとSykの活性化を介してNF-kBという転写因子が活性化され、IL-8などの炎症性サイトカインが分泌されること、またMWCNTの貪食作用を誘導することを見いだしました。実際にヒトマクロファージ系のTHP-1細胞にSiglec-14を発現させるとMWCNTを顕著に細胞内に取り込むようになることが顕微鏡で観察されました。この貪食作用によって取り込まれたMWCNTは食胞を損傷させ、その結果、細胞死とNLRP3インフラマソーム活性化が起きて炎症が引き起こされることが判ってきました。ヒト末梢血単核球にMWCNTを添加すると炎症性サイトカインが分泌されますが、それは本研究で作成した抗Siglec14阻害モノクローナル抗体で抑制されることが明らかとなりました。マウスにはSiglec-14がないため人為的にマウス肺胞マクロファージにSiglec-14を導入してMWCNTを投与すると、Siglec-14を導入していないマウスに比べて肺炎が増悪しました。また、このモデルマウスにおいてホスタマチニブというSyk阻害薬を経口投与すると、肺炎が軽減することが明らかになりました。これらの結果は、ヒトマクロファージ上のSiglec-14がMWCNTを貪食して、そのストレス応答により炎症を引き起こすことを示唆します。

<社会的な意義>

本研究成果は、ヒトが実験動物と同じようにCNTに曝露された場合の炎症毒性発現メカニズムを明らかにしたものであり、またその場合の治療・予防効果の開発に繋がるものです。現実にCNTがヒトに対して毒性を示すか否かについては今のところはまだ判っていません。化学物質の毒性発現は曝露量にも大きく依存するため、CNTを扱う労働環境などでの曝露量を正確に予測し、そのリスクを慎重に判断していく必要があります。今後、CNTの実用化に向けて、ヒトでの安全性の担保は大きな課題の一つであり、本研究成果はその一助になることが期待されます。

<用語説明>

※1 ナノ材料: 粒径がおよそ100nm以下の材料を示し、次世代の産業技術基盤として、多岐にわたる分野での利用が期待されている。

※2 インシリコ探索: コンピューター上で仮想実験に基づいて、候補物質を探索する手法を意味する。本研究では、この手法により約150,000種のタンパク質三次元構造の中から芳香族アミノ酸クラスターを持つ受容体を探索した。

※3 マクロファージ: 免疫細胞の一つで、体内に侵入した病原性微生物などを貪食するなどして生体防御の砦として重要な役割を担う。その一方で過剰な炎症を引き起こして病気を誘発することもある。

※4 貪食: マクロファージなどが異物を細胞内に取り込み、消化し、分解する作用を示す。

※5 NLRP3 インフラマソーム: さまざまな細胞内ストレスによって形成される炎症誘導性タンパク質の複合体であり、この形成によって炎症性サイトカインのIL-1βが分泌される。

※6 炎症性サイトカイン: 免疫細胞から産生・分泌される液性因子であり、炎症を誘発する作用を持つ。

※7 立命館大学-JST-東北大学共同プレスリリース 2021 年 2 月 10 日: https://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=421

※8 分子動力学シミュレーション: タンパク質などの分子およびその集合体を構成する原子の動きをニュートンの運動方程式に基づいてコンピューターの中で再現する手法を意味する。


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