News Release

植物の花づくり開始時期を人工的に操作する方法を発見

幹細胞の機能が自己複製から分化へと変わる原因を解明 ~種や果実の増収で食糧の安定供給に期待~

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: KNU expression in floral buds at stage 6. view more 

Credit: Nobutoshi Yamaguchi

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の山口 暢俊准教授と伊藤 寿朗教授、中部大学の鈴木 孝征教授、プラハ・カレル大学のAleš Soukup博士、九州大学の佐竹 暁子教授らの国際共同研究グループは、花をつくる幹細胞が自己複製の状態から細胞の分化に切り替える仕組みを数理的なシミュレーションで予測し、その時期を人為的に改変する操作に初めて成功しました。この成果により、植物の幹細胞のすごい能力を人為的に調節できるようになれば、種や果実の大きさや数を操作することで、食糧の安定な供給が期待できます。

私たちの体は体細胞の元になる幹細胞を持っていて、異なる幹細胞から様々な種類の細胞が生み出され、多様な臓器が作られます。ヒトだけでなく、植物もたくさんの種類の幹細胞を持っており、葉や茎、根、花などの異なる器官を作ります。この生命活動の要となる幹細胞は2つの特徴を持っています。1つは、細胞分裂によって自分と同じ性質を持つ幹細胞を無限に作り続ける「自己複製」の能力です。複製された幹細胞もまた自分のコピーを作っていきます。もう1つは、自分とは違う機能を持つ細胞に変化する「分化」の能力です。異なる性質の細胞に変わることで特殊な役割を持つ臓器や器官を順序よく作っていきます。

この幹細胞の特殊な能力を使って、ヒトでは、全身のあらゆる細胞を生み出すiPS細胞などが作られ、それを神経、心筋、肝臓、膵臓などに分化させて、細胞移植による治療などに利用されています。植物にも同じ役割をもつ幹細胞があるので、その仕組みを人為的に操作することができれば、農業や園芸の分野で有効に利用できるはずです。これまでの私たちの研究で、花をつくる幹細胞がどれくらい自己複製を繰り返した後に分化をはじめるかという時期は特定できていましたが、その時期を人為的に変更できる操作についてはわかっていませんでした。

山口准教授、伊藤教授らの国際共同研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの花の幹細胞を使って実験を重ねた結果、細胞の核の中でDNAを巻き取って収納しているヒストンというタンパク質について、3つのメチル基を付与(トリメチル化)されたアミノ酸が特定の位置に連結したヒストンの数と、分化を引き起こす遺伝子が誘導される時期との間に高い相関があることに気付きました。この相関に注目して、トリメチル化されたヒストンの数と分化遺伝子の誘導時期の関係を方程式により、数学的に明らかにしました。さらに、このタイプのヒストンの数を人為的に増やすと、方程式で計算される時期に分化遺伝子が誘導されることを突き止めました。植物の幹細胞が自己複製から分化へと切り替わるときの普遍的な仕組みを知るだけでなく、その仕組みを有効に使って農業や園芸の分野で利用していくうえでも非常に重要な成果です。

この研究成果は、米国時間の2023年5月5日(金)付で、米国の科学雑誌「The Plant Cell」に掲載されました。

【研究の背景】

動物だけでなく、植物もたくさんの種類の幹細胞を持っており、葉、茎、根、花などの異なる器官を作っています。特に花をつくるために重要な役割を果たしているのが、花の幹細胞です。この花の幹細胞は決まった回数だけ細胞分裂を行い、自分と同じ性質を持つ幹細胞を作り続ける「自己複製」をします。そこで作られた細胞が、がく、花びら、雄しべ、雌しべといった器官に変化する「分化」をしていきます。

これまでの私たちの研究で、花をつくる幹細胞が自己複製から分化を始めるために必要な因子を特定していました。その因子は、生命の営みの設計図であるDNAの塩基配列から様々なmRNAという中間産物を作る役割をもつAGAMOUS(AG)と呼ばれる転写因子です。花の幹細胞でこのAGという転写因子が機能をして、しばらく細胞分裂を行った後に、分化に必要な遺伝子からmRNAが作られるようになります。しかし、これまでにこの仕組みを使ってコントロールされる分化に必要な遺伝子がたった1つしか特定できておらず、その背後に潜む一般的な法則を見出すことができていませんでした。そのため、どのように植物の幹細胞の仕組みを改変すれば、自己複製能を操作することができるのかという課題については不明のままでした。

【研究手法と成果】

まず私たちは、AGが機能してから、しばらく細胞分裂が行った後に、誘導される分化に必要な遺伝子をたくさん見つけることにしました。数を増やすことで、「自己複製」から「分化」に切り替えるために必要な一般的な法則を見つけることができるのではないかと考えたからです。中部大学の鈴木教授らと連携し、DNAの塩基配列を次世代シーケンサーという装置により、大規模に並列解析するクロマチン免疫沈降法という免疫の反応を使う手法を用いて、AGが機能してから、しばらく細胞分裂が行った後に、誘導される分化に必要な遺伝子群を網羅的に同定しました。

次にこれらの遺伝子群に対して、ヒストンを構成する主要なタンパク質の一つであるヒストンH3のメチル化について調べました。このヒストンH3タンパク質を構成する長い鎖のように連結したアミノ酸のうち、27番目に位置するリジンに3つのメチル基が付与されるトリメチル化(H3K27me3)が起こると、遺伝子は誘導されなくなります。逆に、このトリメチル化がなくなると、遺伝子は誘導されるようになることが知られています。たくさんの遺伝子のメチル化を調べることで、H3K27me3があるヒストンの数と、分化を引き起こす遺伝子が誘導される時期との間に高い相関があることに気が付きました。

これまでに見つかっていた分化遺伝子であるKNUCKLES (KNU)遺伝子には、H3K27me3があるヒストンの数が3つあり、誘導までにかかる細胞分裂の回数を決めます。新しく見つけた分化遺伝子の1つであるAT-HOOK MOTIF CONTAINING NUCLEAR LOCALIZED PROTEIN 18 (AHL18)遺伝子にもH3K27me3があるヒストンの数が3つあり、プラハ・カレル大学Aleš Soukup博士と一緒に誘導までにかかる細胞分裂の回数がKNU遺伝子とほぼ同じであることを明らかにしました。

一方で、PLATZ10遺伝子は、KNUやAHL18遺伝子よりもH3K27me3があるヒストンの数が多く、誘導までにかかる細胞分裂の回数が多いこともわかりました。つまり、H3K27me3があるヒストンの数によって、分化を引き起こす遺伝子が誘導される時期が決められているという法則を見出しました。九州大学の佐竹教授らと連携して、H3K27me3があるヒストンの数と、遺伝子が誘導される時期を方程式にすることに成功しました。

次に、この方程式が正しいかどうかを検証する実証実験を行うことにしました。私たちが立てた仮説が正しければ、H3K27me3があるヒストンの数を増やせば、分化までにかかる細胞分裂の回数は増えて、誘導の時期は遅くなっていくはずです。そこでKNU遺伝子においてH3K27me3があるDNAの領域を長くすることで、H3K27me3があるヒストンの数を増やしてみました。1つ、2つと数を増やすにつれて、KNU遺伝子の誘導にかかる細胞分裂の回数も徐々に増えていき、遺伝子の誘導の時期は遅くなっていくことがわかりました。

【今後の展開】

本研究により、メチル基をもつヒストンの数と分化遺伝子の誘導時期を方程式にして、花の幹細胞の自己複製と分化のバランスを決める際に起こる仕組みを数学的に明らかにし、一般的な法則を見出しました。この法則に従って、メチル基をもつヒストンの数を人為的に増やすと、方程式で計算される時期に分化遺伝子が誘導される実証実験にも成功しました。植物の幹細胞の自己複製と分化の普遍的な仕組みを知るだけでなく、その仕組みを有効に使って農業や園芸の分野で利用していくうえでも大きく貢献すると期待されます。

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【論文情報】

タイトル: AGAMOUS regulates various target genes via cell cycle-coupled H3K27me3 dilution in floral meristems and stamens

著者: Margaret Anne Pelayo, Fumi Morishita, Haruka Sawada, Kasumi Matsushita, Hideaki Iimura, Zemiao He, Liang Sheng Looi, Naoya Katagiri, Asumi Nagamori, Takamasa Suzuki, Marek Širl, Aleš Soukup, Akiko Satake, Toshiro Ito, Nobutoshi Yamaguchi

掲載誌: Plant Cell

DOI: 10.1093/plcell/koad123

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/courses/courses112.html


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