image: ニッケル表面におけるスピンの向きに依存した水素吸着 view more
Credit: 東京大学 生産技術研究所
物質表面で起こる原子や分子の吸着・反応は、触媒反応をはじめとするさまざまな化学過程の基礎となっています。これまで、気体分子が表面と反応する際には、入射分子の自由度―表面に衝突する速さに対応する並進運動や、分子内部の振動・回転運動―が反応性にどのような影響を与えるかが詳しく研究されてきました。一方、電子が持つ量子力学的な性質であるスピンが表面化学反応にどのような影響を及ぼすかについては、十分に理解されていませんでした。
研究グループは、最も単純な原子である水素原子と、強磁性体であるニッケルのNi(111)表面を対象として、電子スピンと表面反応との関係を調べました。独自に開発したスピン偏極水素原子ビームを用いることで、入射する水素原子の電子スピンの向きをそろえ、外部磁場の方向を変えることによって、ニッケル表面の磁化に対する水素原子のスピンの向きを制御しました。その結果、水素原子のスピンがニッケル表面の磁化と平行な場合には水素原子が効率よく吸着する一方、垂直な場合には吸着が大幅に抑制されることが分かりました。特に水素がほとんど吸着していない表面では、平行な場合と垂直な場合の吸着確率の比は7倍以上に達しました。一方、磁性を持たない銅表面では、このような磁場方向による吸着確率の違いは観測されませんでした。これらの結果は、ニッケルの磁性と水素原子の電子スピンとの相対的な向きが、水素原子の吸着反応を大きく左右していることを示しています。
さらに、あらかじめ水素を吸着させたニッケル表面に水素原子を入射し、水素原子が表面の水素原子を引き抜いて水素分子を生成する引き抜き反応について調べました。その結果、この反応でも、水素原子のスピンがニッケル表面の磁化と平行な場合に反応が起こりやすく、垂直な場合には抑制されることが分かりました。また、その違いは外部磁場を強くするほど顕著になりました。
本研究は、水素原子の電子スピンが金属表面での吸着だけでなく、その後の化学反応にも重要な役割を果たすことを実験的に示したものです。今回観測されたスピン依存性の微視的な機構については今後さらに理論的な解明が必要ですが、電子スピンというこれまで十分に活用されてこなかった自由度を利用することで、磁場によって表面化学反応を制御する新しい方法へと発展する可能性があります。将来的には、触媒反応などにおける反応速度や反応選択性をスピンによって制御する「スピン化学」の新たな展開につながることが期待されます。
Journal
Nature Communications
Article Title
Controlling Surface Reactions of Hydrogen Atoms by the Electron Spin
Article Publication Date
3-Sep-2026