News Release

インターフェロンシグナル制御が腸幹細胞の維持に重要なことを発見

頑強な腸上皮を保つための新たな仕組み

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

IRF2 Deficiency

image: A. Flow cytometric analysis revealed that the number of ISCs was reduced in Irf2-/- mice compared with control mice. Lgr5-GFP: reporter fluorescence of ISCs. B. Sections of the jejunum from control (left) and Irf2-/- (right) mice, 6 days after the induction of epithelial injury by 5-fluorouracil administration, were stained with Ki67. The number of Ki67-stained regenerated crypts were substantially reduced in Irf2-/- mice compared with control mice. view more 

Credit: Department of Biodefense Research,TMDU

 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体防御学分野の樗木俊聡(おおてき としあき)教授らの研究グループは、慶應義塾大学医学部消化器内科学、本学医歯学総合研究科包括病理学、人体病理学、消化器病態学分野との共同研究により行った研究成果として、持続的なインターフェロン刺激が腸幹細胞の枯渇や機能低下の原因になることを発見しました。この研究成果は、国際科学誌Nature Cell Biology(ネイチャーセルバイオロジー)の2020年7月20日午後4時(英国夏時間)にオンライン速報版で発表されます。

【研究の背景】

 I型インターフェロン※1(以下、IFN)は、ウイルス感染や細菌感染の際、宿主に抵抗性を付与する重要なサイトカインとして知られています。IFNは、何ら感染のない宿主でも、微量ではあるものの恒常的に産生されており、この微量なIFNの刺激が、いざ感染が起こったときに効率よく免疫応答を発動するために重要です。これまでに研究グループは、持続的なIFN刺激が血液の源である造血幹細胞(hematopoietic stem cell, HSC)※2の減少や機能低下を誘導すること、IFNシグナルを負に制御する転写因子IRF2が当該IFN刺激を適度に調節することによってHSCの数や機能を維持していること報告してきました(Nature Medicine 2009, Blood 2011)。  腸管上皮は、栄養や水分の吸収に加えて、腸内細菌から生体を保護する粘膜バリアとして大切な役割を担っています。陰窩※3には腸再生の源として腸管上皮幹細胞(intestinal stem cell, ISC)※4が存在しており、ISCは自分自身を再生しつつ(自己複製能)、吸収上皮や分泌上皮等新しい上皮細胞を供給することで(多分化能)、腸管上皮の恒常性を維持しています。しかしながら、自己複製能と多分化能のバランスを適性に調節するメカニズムはわかっていませんでした。

【研究成果の概要】

 研究グループは、IFNシグナルを負に制御する転写因子IRF2※5を欠損する(Irf2-/-)マウスまたは腸上皮細胞(IEC)特異的にIrf2を欠損する(Irf2ΔIEC)マウスでは、コントロールマウスと比較して、ISCが著しく減少することを発見しました。興味深いことに、それらマウスでは、定常状態におけるIECの恒常性は保たれていましたが、5-FU※6を投与して腸損傷を誘導すると、腸上皮の回復・再生能が著しく低下していました。また、野生型マウスに、IFN誘導剤であるpoly(I:C) ※7を低濃度で長期投与あるいはリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスclone13(LCMV C13)※8を慢性感染すると、ISCの機能が低下しました。さらにIrf2-/-マウスやLCMV C13を慢性感染させた野生型マウスでは、腸陰窩底部で未熟なパネート細胞※9が大量に観察されました。  

以上の結果をまとめると、持続的なIFN刺激は、ISCの自己複製能と多分化能のバランスを偏向させ、自己複製能が低下して分泌細胞への分化を促すことが明らかになりました。また、転写因子IRF2は、IFNシグナルを適性に制御することによってISCの自己複製能と分泌上皮細胞への分化のバランスを調整し、ISCの機能を維持していることが明らかになりました。

【研究成果の意義】

 研究グループの研究成果は、何ら感染のない定常状態においても、IRF2が分泌上皮細胞への分化を適度に制限することによってISCの機能を維持していること、ただし、IFNシグナルが慢性的になると、組織幹細胞は徐々に自己複製能を失い幹細胞数が減少して腸上皮の脆弱性につながることを示唆しています。また、ウイルス性肝炎や脳の自己免疫疾患である多発性硬化症の治療にIFNが使用されてきましたが、その際、副作用として炎症性腸疾患※10やセリアック病※11を発症するケースが報告されています。これは、IFN治療による免疫系の過剰な活性化のみならず、腸上皮組織そのものの脆弱化の結果である可能性が考えられます。また、IFNシグナルの異常は、全身性エリテマトーデス※12などの自己免疫疾患の発症に関わることも知られています。したがって本成果は、IFNシグナルの異常を介したさまざまな疾患の発症原理に新たな示唆を与えるものです。また、今回明らかになったIFN調節システムは、腸上皮以外の上皮組織でも働いている可能性があり、新たな幹細胞維持システムとして今後の展開が期待されます。

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【用語解説】

※1 I型インターフェロン:主にウイルス感染時に産生される抗ウイルス性サイトカイン。非感染時にも微量ではあるが恒常的に産生されている。インターフェロンαとインターフェロンβが含まれる。

※2 造血幹細胞(hematopoietic stem cell, HSC):白血球、赤血球、血小板などすべての血液細胞に分化可能な幹細胞。主に骨髄に存在する。

※3 陰窩:腸絨毛の基部にある管状のくぼみ。

※4 腸管上皮幹細胞(intestinal stem cell, ISC):永続的な自己複製能とすべての腸管上皮細胞への分化能を持つ。陰窩底部に局在しパネート細胞※9と交互に配列している。Lgr5(Leucine-rich orphan G-protein-coupled receptor)を発現している。

※5 IRF2(interferon regulatory factor 2):恒常的にも発現しているが、I型インターフェロンシグナルによって発現が上昇し、I型インターフェロンシグナルを負に制御(抑制)する。

※6 5-FU(5-fluorouracil):フッ化ピリミジン系の代謝拮抗剤。核酸の合成を阻害するため、がん細胞を含む増殖性細胞に効果を示す。

※7 poly(I:C)(polyinosinic:polycytidylic acid sodium salt): 二本鎖RNAの合成類似体。I型インターフェロン誘導剤として免疫学研究で使われる。

※8 リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスclone13(LCMV C13):リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスは、アレナウィルス科に属するRNAウイルス。野生型LCMVは免疫系により速やかに排除されるが、亜型LCMV C13は免疫系を抑制することにより慢性感染する。

※9 パネート細胞:陰窩底部に局在しISC※4と交互に配列している。抗菌ペプチドを分泌して腸の自然免疫および胸内環境の維持に貢献する。

※10 炎症性腸疾患:クローン病や潰瘍性大腸炎を含む、消化管に炎症と腸上皮の傷害が生じる慢性自己免疫疾患。 

※11 セリアック病:グルテンの経口摂取によって腸粘膜に慢性の炎症が生じるアレルギー性疾患。

※12 全身性エリテマトーデス:自己免疫反応によって、全身のさまざまな臓器が障害される慢性自己免疫疾患。


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