News Release

赤錆を用いて水と太陽光から水素を製造

―太陽光水素製造システムの実用化に新たな一歩―

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1

image: 図1.メソ結晶光触媒電極における階層構造と光水分解反応 e-は電子、h+は正孔、VOは酸素空孔を示している。透過型電子顕微鏡 (TEM) 像から、メソ結晶はナノ粒子の集合体であることがわかる。挿入図はメソ結晶全体から得られた制限視野電子回折 (SAED) 像である。単結晶様のスポットは、ナノ粒子の配向が揃っていることを示している。メソ結晶光触媒電極の断面走査型電子顕微鏡 (SEM) 像から、円盤状のメソ結晶が互いに重なっており、また、生成ガスと電解液が流れる細孔ネットワークが形成されていることがわかる。 view more 

Credit: 神戸大学

神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士准教授のグループは、名古屋大学未来材料・システム研究所の武藤俊介教授、高輝度光科学研究センターの尾原幸治主幹研究員、杉本邦久主幹研究員との共同研究により、太陽光を用いて水から水素を高効率に生成できる光触媒電極注1)の開発に成功しました。

ヘマタイト (赤錆)注2)は、安全・安価・安定な光触媒材料であり、古くから太陽光を利用した水素製造への応用が期待されてきました。一方、光を照射することによって生成した電子が、同時に生成する正孔(電子が抜けた孔) と再結合し、消失してしまうため、光エネルギー変換効率注3)が非常に低いという課題がありました。

今回、立川准教授らは、この再結合を劇的に抑制する手法を見出し、従来の性能をはるかに超える「ヘマタイトメソ結晶注4)光触媒電極」を開発することに成功しました。今後は、さらなる高効率化を進め、産学協働で太陽光水素製造システムの実用化を目指します。

本研究成果は、令和元年10月23日 (日本時間18時) に英国Nature Publishing GroupのNature Communicationsのオンライン速報版で公開されました。

ポイント

> 光触媒粒子の配列をナノからマイクロメートルのスケールにわたって揃えることで、電子と正孔の流れがスムーズになる。

> 粒子界面に酸素空孔注5)が生成することで電気伝導性が向上するとともに、電子と正孔の分離が促進される。

> 高温で加熱することによって、ヘマタイト内部に導入したチタンが表面まで拡散し、酸化物膜を形成することで電子と正孔の再結合を劇的に抑制する。

> 以上を動作原理とし、太陽光と水を原料とする水素の安価かつ高効率な製造につながる光触媒電極の開発に成功した。

研究の背景と経緯

昨今の環境・エネルギー問題の高まりを受け、次世代エネルギーのひとつである水素に注目が集まっています。この水素を再生可能エネルギーである太陽光と地球上に豊富に存在する水からつくり出すことができる光触媒の開発が期待されています。一方、実用化のためには水素供給価格を低く抑える必要があり、光エネルギー変換効率のさらなる向上が求められています。

光触媒に光が照射されると、触媒表面に電子と正孔 (電子が抜けた孔) が生成し、この電子が水の水素イオンを還元することで水素が生成します。これまで、多くの光触媒が開発されてきましたが、生成した電子と正孔のほとんどが触媒表面で再結合し、消失してしまうため、光エネルギー変換効率が伸び悩んでいました。

これまで立川准教授らは、ナノ粒子を精密に並べることで、電子と正孔の流れを制御する「メソ結晶技術」を開発し、光触媒反応の高効率化を達成してきました。今回、この技術をさらに発展させるとともに、赤錆として知られるヘマタイトを原料にすることで、安価かつ高効率なメソ結晶光触媒電極の開発に成功しました。

研究の内容

メソ結晶技術:

従来の光触媒電極では、光照射によって生成した電子と正孔が水の酸化還元反応を引き起こす前に再結合してしまうという課題がありました。再結合を抑制するためには、電荷を空間的に分離させた後、電子を透明電極基板注6)まで、正孔を光触媒の表面まで運ぶ必要があります。立川准教授らは、ナノ粒子の配向を揃えて三次元構造化した「メソ結晶」をソルボサーマル法注7)によって合成し、さらに、メソ結晶を透明電極基板に集積させたメソ結晶光触媒電極を開発しました (図1)。ナノからマイクロメートルのスケールにわたって階層的に構造を制御することで、電荷を高効率に移動させることができます。

光触媒性能と原理:

チタン (Ti) を含むヘマタイト (Ti-Fe2O3) メソ結晶を透明電極基板上に塗布し、700℃で加熱することで、メソ結晶光触媒電極を作製しました。メソ結晶表面に助触媒注8)を付着させ、アルカリ水溶液中で擬似太陽光を照射したところ、1.23Vの電圧印加の下、3.5mAcm-2の光電流密度で水分解反応が進行することがわかりました。これは、生成ガスによる光散乱の影響を受けにくいとされる透明電極基板側からの光照射下における世界最高レベルの性能です。

高効率化の要因として、まず、メソ結晶技術によって粒子同士の接合界面を整えることで、粒界抵抗を約5分の1まで低減できたことが挙げられます。ふたつ目として、メソ結晶を高温で加熱することで粒子界面に酸素空孔が生成し、伝導電子の密度が飛躍的に増加することがわかりました (図2)。それによって、メソ結晶表面に大きなバンド注9)の曲がりが生じ、初期の電荷分離が促進されます。この酸素空孔の形成は、ヘマタイトナノ粒子では観られず、粒界が制御させたメソ結晶特有の現象といえます。さらに、加熱によって粒子内部のTiが表面に拡散し、数ナノメートル程度の二酸化チタン(TiO2)注10)の膜を形成することがわかりました(図3)。これらの構造変化は、大型放射光施設SPring-8注11)のBL04B2における高輝度放射光を用いたX線全散乱計測でも示唆されました。このTiO2膜は表面欠陥を被覆し、再結合を抑制する役割を果たしています。

以上のように、メソ結晶技術を駆使することで、赤錆のようなありふれた材料を革新的な光触媒に生まれ変わらせることができました。

今後の展開

ヘマタイトは、自然界に豊富に存在し、広範の可視光を吸収できる有望な光触媒材料のひとつです。今回、効率向上のボトルネックである再結合損失をメソ結晶技術によって大幅に低減できることがわかりました。今後は、産学協働でヘマタイトメソ結晶光触媒電極のさらなる高効率化とデバイス化を進めると同時に、メソ結晶技術を他の光触媒材料に適用することで、太陽光水素製造システムの早期実現を目指していきます。

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用語解説

注1) 光触媒電極: 光を照射することにより触媒作用を示す物質を光触媒という。光触媒電極は光触媒を基板上に塗布し、電極化したものである。光電極とも呼ばれる。本研究では、水を酸化分解し、酸素を生成する反応に光触媒を用いている。

注2) ヘマタイト (α-Fe2O3): 酸化鉄のひとつ。ヘマタイトは安全・安価・安定 (pH > 3) であるとともに、広域の可視光 (約600nm以下) を吸収できる。太陽光エネルギー変換効率の理論上限値は約16% (光電流密度 13mAcm-2) である。

注3) 光エネルギー変換効率: 入射する光子の数に対して、反応に利用された光子の割合。

注4) メソ結晶: ナノ粒子が規則正しく三次元的に配列した多孔性の構造体。数百ナノメートルからマイクロメートルのサイズで、ナノ粒子間の空隙に由来する2~50ナノメートルの細孔を有する。

注5) 酸素空孔: 結晶格子中の酸素が欠損し、生じた空孔。ヘマタイトでは、酸素空孔が生成すると電気的中性条件を満足させるためにFe3+がFe2+に還元される。

注6) 透明電極基板: 透明で導電性のある薄膜を形成したガラス基板。本研究では、導電膜としてフッ素ドープ酸化スズ (FTO) を用いた。

注7) ソルボサーマル法: 高温、高圧の溶媒を用いて固体を合成する方法。

注8) 助触媒: 光触媒と組み合わせることで触媒反応を促進する物質。本研究では、酸素生成を促進する助触媒として、リン酸コバルト (Co-Pi) を用いた。

注9) バンド: 半導体中の電子と正孔が取り得る幅のあるエネルギー準位で、伝導帯と価電子帯がある。伝導帯内の電子密度が増加すると、表面に向かって上向きの湾曲が生じる。

注10) 二酸化チタン (TiO2): 代表的な光触媒で、ルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型の3つの異なる構造が知られている。本研究で確認された構造はルチル型である。ヘマタイトを核としてルチル型TiO2が成長した鉱物は天然にも存在しており、その外見から“太陽ルチル”とも呼ばれている。

注11) 大型放射光施設SPring-8: 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター (JASRI) が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

注12) STEM-EELS法: 電子エネルギー損失分光法 (Electron Energy Loss Spectroscopy, EELS) は、入射した電子線が試料内の電子を励起する際に失ったエネルギーを測定することで、試料の組成や元素の結合状態を分析する分光法。走査透過型電子顕微鏡 (STEM, Scanning Transmission Electron Microscope) と組み合わせることにより、微小領域を高い空間分解能で分析できる。

注13) 多変量解析: 統計学的手法を用いて、スペクトルデータに埋もれた成分を抽出する方法のひとつ。

特記事項

本研究の一部は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題とし、名古屋大学微細構造解析プラットフォームの支援を受けて実施されました。

また、本成果は、主に、科学技術振興機構 (JST) 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ (シーズ育成タイプFS) における研究課題「太陽光水素製造・利用システムの社会実装を可能とする高効率ヘマタイトメソ結晶光電極の開発」(企業:株式会社カネカ、研究者:立川貴士) 、戦略的創造研究推進事業 個人型研究 (さきがけ) 「超空間制御と革新的機能創成」(研究総括:黒田一幸 早稲田大学 理工学術院 教授) における研究課題「ナノ粒子の高次空間制御による高効率光エネルギー変換系の創製」(研究者:立川貴士) によって得られました。


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