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植物光合成による効率的な電荷生成の仕組みを解明

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Kobe University

図1. 光化学系II複合体のリボン構造(PDB ID: 3ARC)

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Credit: Kobe University

 神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの小堀康博教授、大学院生・長谷川将司さんらと、名古屋大学大学院理学研究科の三野広幸准教授らの研究グループは、独自に開発した「電子スピン分極イメージング法」を用いて、光合成の水分解反応を行っている「光化学系II複合体」の反応初期段階で生じる「光電荷分離状態」の立体構造と電子軌道の重なりの性質を解析することに、世界で初めて成功しました。

 本研究は、光合成による水分解のための酸化力を損失することなく、効率的に高い化学エネルギーを生み出す仕組みを解明したものです。 今後、この原理を、太陽光エネルギーを人工的に化学エネルギーに変換する「人工光合成系」の設計に応用することで、エネルギー問題、環境問題、食糧問題の解決への貢献が期待されます。

 この研究成果は、2月27日に、米国科学誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」オンライン版に掲載されました。

研究の背景

 光合成の水分解反応では、植物が太陽光のエネルギーを利用し、化学エネルギーへと変換することによって酸素を生産し、生物の生存に必要なエネルギー源を与えています。この反応を行っているのは、植物の葉の中の葉緑体にある、光化学系II複合体と呼ばれる膜タンパク質複合体です(図1)。

近年、沈らの研究グループにより、X線自由電子レーザーを利用したタンパク質の構造解析法[1]によって、藻類が持つ光化学系IIの立体構造の詳細が示され、世界的な関心が寄せられました。しかし光化学系IIが持つ色素の立体構造(図2)は、光入射直後に分子に電荷を生じた状態(電荷分離状態)によるものではなく、光反応の過程で発生する中間生成物(反応中間体)がどのような立体構造を持つのかは不明でした。

 小堀教授らの研究グループは2015年、水を分解する機能を持たない紅色細菌による光合成反応中心タンパク質複合体について、光反応直後に生成する初期電荷分離状態の分子立体配置と電子的相互作用※1の解析に成功していました[2]。しかしながら高等植物の光化学系II複合体において、初期電荷分離状態が持つ立体配置は明らかではなく、どのように高い酸化力を保持しながら効率のよい水分解反応へと導かれるかについては、大きな謎に包まれていました。

研究の内容

 本研究では、外部磁場存在下で反応中間体の磁気的性質をマイクロ波により検出する時間分解電子スピン共鳴法※2を用いて初期電荷分離状態を観測しました。

 ホウレン草から、光合成の光化学反応がおこる場所である「チラコイド膜」を抽出し、還元剤を添加し、プラストキノン(QA,QB)※3を還元した試料に対してパルス光を照射しました。これにより生成した初期電荷分離状態によるマイクロ波の信号を、1000万分の1秒の精度で検出しました(図3a)。今回、新たにこのマイクロ波の信号を、外部磁場の空間的方向に分解し画像化する「電子スピン分極イメージング法」を開発し、反応中間体として光照射直後に生成した電荷の立体構造の三次元映像解析を、連続撮影のように1000万分の1秒の精度で行うことが初めて可能になりました(図3b)。さらにこの映像化によって、電荷を持った分子同士の電子軌道の重なりで生じる電子的相互作用(V)の定量化も行いました(図3c)。

 以上より、負電荷を生じた色素分子であるフェオフィチン(PheoD1)の末端置換基であるビニル基(-CH=CH2)は、隣接するクロロフィル色素(ChlD1)に接近しているものの(図3c)、Vによる電子のトンネル効果は抑制されており、このビニル基が絶縁体として機能することによって、電子の戻りを抑えてプラストキノンからの電子伝達(図2)をすすめる機構が明らかになりました。

 今回の解析で明らかになった初期電荷分離構造は、反応前の立体構造と大きな相違はありませんでしたが、反応中間体として色素に生じた正電荷は、クロロフィル単一分子(PD1)に偏って存在していることが画像解析から示されました(図3b,c)。これにより、負電荷を生じたフェオフィチン(PheoD1-・)と正電荷との距離が1.5 ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)と近く、電荷どうしの静電相互作用による安定化が強いことが示唆されました。 一方で、末端ビニル基(-CH=CH2)による絶縁効果で電子軌道の重なりが大きく制限されたため、負電荷の戻りは抑えられていることが明らかになりました。

 この結果は、PD1に生じた正電荷の高い酸化力を活用することが可能であることを示しており、後続する水の酸化分解反応を起こす十分なポテンシャルを持つことが実証されました。

今後の展開

 本研究によって、光合成による水分解のための酸化力を損失することなく、効率的に高い化学エネルギーを生み出す仕組みが解き明かされました。

 これは太陽光を効率的に高い電気エネルギーや水素などのクリーンエネルギー源に変換できる「人工光合成系」の設計指針を示した研究成果であり、この原理の応用によってエネルギー問題、環境問題、食糧問題の解決が期待されます。

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用語解説

※1:電子的相互作用

電子軌道(物質を構成する原子や分子に存在する電子の空間的な分布)どうしの重なりによって生じる相互作用エネルギーで、電子移動反応を駆動する源になる。

※2:電子スピン共鳴法

化学反応により電荷を受けて生まれた中間体分子は、電子の自転運動で生じる磁石の性質を持つ。この磁気エネルギーが、電磁石で発生させた外部磁場や中間体分子同士の磁気エネルギーによって影響を受ける様子をマイクロ波で検出する手法のこと。時間分解電子スピン共鳴法では、ナノ秒(ナノ秒は10億分の1秒)パルス光の照射直後に生成する不安定な中間体を、100ナノ秒単位の連続撮影のように観測することができる。

※3:プラストキノン

光化学系II反応中心(図2)に配置されている電子受容体。プラストキノンQAはPheoD1-・から電子を受けとり、QAからQBに電子を渡す。その後QBは電子を輸送し、他の酵素(シトクロムb6/f 複合体)へ運搬される。


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