News Release

血管新生を抑制できる新規シグナル伝達調節機構を発見

病的な血管新生を抑えながら副作用の少ない新規治療法への導出に期待

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Schematic Diagram of the Angiogenic Signaling Modulating Mechanism through VASH1/ΔY-tubulin.

image: VASH1 exerts anti-angiogenic effects through the inhibition of receptor endocytosis by ?Y-tubulin increases. VEGF and FGF2 induce endocytosis of their own receptors, VEGFR2 and FGFR1, respectively, along MTs. This is important for VEGF (FGF2)-signaling activation and pro-angiogenic effects. VASH1 induces the generation of ?Y-tubulin-rich MTs (excessive ?Y-tubulin levels), leading to suppression of retrograde trafficking, such as receptor endocytosis. Thereby VASH1 inhibits VEGF/FGF2-induced VEGFR2/FGFR1 endocytosis and subsequent signaling activation, acceleration of EC migration, and angiogenesis. view more 

Credit: Department of Biochemistry,TMDU

 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 硬組織病態生化学分野の小林 美穂助教、渡部 徹郎教授の研究グループは、小林助教がこれまで所属していた東北大学 加齢医学研究所 腫瘍循環研究分野(現 東北大学 未来科学技術共同研究センター)の佐藤 靖史教授、鈴木 康弘助教、並びにMax Planck Institute for Heart and Lung Research, Laboratory for Cell Polarity and Organogenesisの中山 雅敬グループリーダーとの共同研究で、バソヒビン-1(vasohibin-1:VASH1)がタンパク質の輸送レールに作用することでシグナル伝達を抑制し、血管新生を抑えるという新たな制御機構をつきとめました。この研究は東京医科歯科大学 歯学部「最先端口腔科学研究推進プロジェクト」学部長裁量経費(研究開発代表者:小林 美穂)、及び文部科学省科学研究費補助金等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は国際科学誌Angiogenesis(アンジオジェネシス)に、2020年10月14日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 病的な血管新生は、腫瘍の成長や粥状動脈硬化、及び糖尿病性網膜症を含む様々な生活習慣病において疾患の進行に寄与することが分かっています。これら病的な血管新生を引き起こす主な促進因子としては、血管内皮成長因子(VEGF)や線維芽細胞成長因子-2(FGF2)がよく知られており、その中でも特に最も強力な促進作用を持つVEGFに対する抗血管新生療法が多く開発され、治療に応用されています。ところが、VEGFには正常な血管を健やかに維持する機能もあるため、VEGFの働きを抑制すると正常血管への障害が引き起こされる場合があります。また、特に腫瘍では複数の血管新生促進因子が腫瘍血管新生※3を誘導しているため、VEGF単独を抑制しても他の促進因子が血管新生を誘導してしまい、薬が効かなくなってしまうという薬剤耐性の問題がありました。そのため、これらのような副作用を示さない新しい抗血管新生治療法の開発が待ち望まれています。

 一方、生体内では恒常性を維持する仕組みにより、血管が過剰に形成されないようにする負のフィードバック調節※4が働いています。その生体内作用に基づいて同定されたのがVASH1です。VASH1はVEGFやFGF2を始めとした多くの血管新生促進刺激に反応した血管内皮細胞で発現が上昇する遺伝子であり、培養血管内皮細胞やマウス生体内において血管新生を抑制して、腫瘍の進展を抑える機能があります(Watanabe et al., J Clin Invest 2004; Hosaka et al., Am J Pathol. 2009; Heishi et al., Am J Pathol. 2010)。さらにVASH1は、血管内皮細胞が受けるストレスに対する耐性を向上させて、強く健やかな血管を維持する機能も持ちます(Miyashita et al., PLoSONE 2012)。このようにVASH1はこれまでの抗血管新生療法が持つ問題点を克服するために有効利用できる可能性がありましたが、どのような細胞内制御機構を通して血管新生を抑制するのか、その詳細な仕組みが不明であったために、創薬ターゲットとするには困難でした。

【研究成果の概要】

 近年、VASH1が微小管の翻訳後修飾である脱チロシン化※5を誘導する酵素活性を持つことが報告されましたが(Nieuwenhuis et al., Science. 2017; Aillaud et al., Science. 2017)、その生物学的な役割については不明な点が多く残されていました。今回本研究グループは、VEGF刺激に応じて血管内皮細胞内でVASH1が産生されるに伴い、脱チロシン化型チューブリン(ΔY-チューブリン)が増加することを見出しました。さらに、VASH1によるΔY-チューブリンの増加は、微小管を再チロシン化する酵素であるTTLと共に作用させることによって、ΔY-チューブリン量を通常レベルと同程度にまで戻すことができました。このことから、VASH1は血管内皮細胞のΔY-チューブリン量を過剰に増加させ、細胞内チューブリンのΔY/YレベルのバランスをΔY側に偏らせることがわかりました。

 そこで、血管内皮細胞においてVASH1が引き起こす血管新生抑制的作用において、このΔY-チューブリンの増加がどのような役割を果たすのかについて解析したところ、VASH1によってΔY-チューブリンを増加させるとVEGFに誘導される血管内皮細胞遊走やシグナル伝達の活性化、さらに生体での血管新生が抑制されましたが、VASH1とTTLを共に作用させて細胞内のΔY-チューブリン量をコントロールと同程度にまで低下させると、VASH1が導くこれらVEGFに対する全ての抗血管新生効果が見られなくなりました。この結果から、VASH1による抗血管新生作用にはΔY-チューブリン量の増加が必要であることが明らかとなりました。

 ここで本研究グループが注目したのが、微小管の翻訳後修飾である脱チロシン化量の変化によってシグナル伝達の下流部分に影響したことでした。細胞骨格である微小管は細胞運動において重要な働きをしますが、細胞内でのタンパク質の輸送レールとしても機能することが分かっています。一方、細胞外リガンド刺激によるシグナル伝達の活性化には、細胞表面上に存在する受容体がリガンドと結合し、細胞内へシグナル を伝達させることが必要です。そして特にVEGFやFGF2といった成長因子については、これらリガンドと結合した受容体がエンドサイトーシス※6により細胞内に取り込まれて特定の場所に運ばれることが、シグナル伝達の活性化に必要であることが分かっています。VASH1により血管内皮細胞でのΔY-チューブリン量を増加させておくと、VEGF受容体2(VEGFR2)のエンドサイトーシスと細胞内輸送の促進が見られなくなりましたが、VASH1とTTLを共に作用させて細胞内のΔY-チューブリン量をコントロールと同程度にまで戻すと、VEGF刺激によるVEGFR2のエンドサイトーシスや細胞内輸送が復活しました。これらの結果から、VASH1は血管内皮細胞においてΔY-チューブリン量を増加させることで、受容体のエンドサイトーシス阻害を通してシグナル 伝達を抑制し、抗血管新生効果を発揮していることが明らかになりました。また、このようなVASH1の効果は、脱チロシン化酵素活性を持たないVASH1変異体では見られなかったことから、VASH1による抗血管新生効果には脱チロシン化酵素活性が必要であることも明らかになりました。

【研究成果の意義】

 特に腫瘍血管新生を対象にしたVEGFのみを標的とした抗血管新生療法では、薬剤耐性をはじめとした副作用が問題になっていましたが、VASH1はΔY-チューブリン量の増加を通して VEGFだけでなくFGF2による受容体のエンドサイトーシス、シグナル伝達の活性化および血管内皮細胞遊走の促進を抑制できました。VASH1のこの仕組みを応用することで、病的な血管新生が及ぼす疾患に対して、副作用が少なく効果的な新たな抗血管新生療法への導出が期待されます。また、VASH1による受容体のエンドサイトーシス阻害作用は、一般的な受容体において広く機能しているエンドサイトーシス駆動分子であるダイニンの働きに影響するものでした。そのため、VASH1によるΔY-チューブリン量の増加の仕組みひとつで様々なリガンド/受容体の下流で活性化するシグナル伝達を抑制できる可能性があり、将来的にはシグナル伝達の異常な活性化により引き起こされる多様な疾患に対する治療に応用できる可能性を秘めています。

###

【用語の説明】

※1バソヒビン-1(vasohibin-1:VASH1):血管内皮細胞が産生する血管新生の負のフィードバック制御因子として東北大学の佐藤靖史教授のグループにより同定され、現在では多くの種類のがんに対して腫瘍血管新生とそれに伴う腫瘍進展への抑制作用を有することが明らかになっている。さらに近年では、細胞内で微小管の翻訳後修飾である脱チロシン化を直接誘導する酵素であることが明らかになった。血管新生だけでなく、血管のストレス耐性や炎症抑制効果、さらには老化などにも関与し、がんの転移・血管炎症疾患から寿命の制御といった様々な生理学的現象において重要な役割を果たすことがわかっている。
※2 血管新生:既存の血管から、血管を構成する血管内皮細胞が細胞間接着を緩めて出芽し、遊走・増殖しながら管腔を形成して、新しい血管が形成・伸長される現象。この現象のトリガーとなる、様々な血管新生促進因子が報告されている。通常は発生期にのみ見られるが、成長した後に起こる場合は病的な血管新生として分類される。
※3腫瘍血管新生:腫瘍が成長するためには栄養と酸素を供給して老廃物・代謝産物を運び出すことが必要であり、腫瘍内への新しい血管の侵入、すなわち血管新生が必要である。腫瘍内に侵入した新生血管はがん細胞の成長を促すだけでなく、遠隔臓器への転移の主要経路にもなる。このことから、腫瘍血管新生を抑制することで腫瘍の進展を止めることができると考えられており、様々な抗血管新生療法ががん治療に適用されている。
※4 負のフィードバック調節:主に生体の恒常性を維持するために働く調節機構の動作原理のこと。ある現象が活性化して促進的作用をもたらすと、その作用が過剰に働かないように自身や他の物質が抑制的に制御することをいう。
※5 微小管の翻訳後修飾である脱チロシン化:微小管はタンパク質として翻訳された後に様々な修飾(脱チロシン化、アセチル化、グルタミン化、ポリグルタミン化、グリシン化、ポリグリシン化等)を受けることで、その構造や特性を変化させて機能的に働く。その中でも脱チロシン化は、α-チューブリンでのみ起こる現象であり、カルボキシル末端のチロシン残基1つが切断されることで生じる。脱チロシン化されたα-チューブリン(ΔY-チューブリン)は、チューブリンチロシン化酵素(tubulin tyrosine ligase:TTL)により再チロシン化される。このように細胞内では必要に応じてα-チューブリンの脱チロシン化/チロシン化反応が起きているが、通常は細胞内のα-チューブリンの大部分がチロシン化型で存在している。
※6 エンドサイトーシス:細胞が細胞外の物質を細胞膜ごと取り込む過程の一つ。その中でも、細胞外リガンドが細胞膜上の受容体と結合することで起こる受容体のエンドサイトーシスでは、細胞膜が窪んで受容体を包み込むように細胞質内に貫入して被覆小胞を形成し、受容体を含んだ被覆小胞は微小管をレールとして細胞内を輸送され、初期エンドソーム・後期エンドソーム・リサイクリングエンドソームなどに機能的に運搬される。


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.