物質のミクロ構造解析は新規材料研究に欠かせない技術です。熊本大学の研究者らは、最新の情報抽出技術「スパースモデリング」を用い、事前知識を必要とせずに測定データのみから原子周辺の構造と原子の構造ゆらぎを解析できる手法を世界で初めて開発しました。未知の物質の構造の推定が可能となり、電池の高機能化や長寿命化などに貢献することが期待されます。
電池や電子デバイスなどの機能性部材の新機能発現や性能向上を実現するには、それらを構成する物質の構造とその変化を原子レベルで解明する必要があります。電池に用いられる電極触媒のように、多くの材料はその機能が原子のナノメートルレベルの配位構造に支配されているからです。そこで、原子スケールでこのミクロ構造を解析できる「広域X線吸収微細構造(EXAFS: Extended X-Ray Absorption Fine Structure)」測定法が汎用的に使用されています。
これまでは、得られたEXAFS振動スペクトルにフーリエ変換を行うことで、隣接する近傍原子がどれぐらいの距離にどれくらい分布しているか(動径分布)の情報を計算し、ミクロ構造の知見を得ていました。しかし、この動径分布は実際の動径構造関数とは大きく異なります。これは、EXAFSスペクトルの振動波形の振幅が観測範囲で増加・減少するにもかかわらず、フーリエ変換は振幅が一定で連続的に振動する波を基底関数として展開するためです。
振幅の増減は、原子と近接原子との間の 距離のばらつき(構造揺らぎ)や可動性によるものです。この構造揺らぎや可動性は「デバイ・ワラー因子」という物理量で示され、EXAFSスペクトルのフーリエ変換では得られません。デバイ・ワラー因子を推定するためにはミクロ構造の仮定が必要で、その仮定構造に基づいた計算によってEXAFS振動スペクトルの解析を行うため、ミクロ構造が事前に分かっている材料でなければデバイ・ワラー因子の推定は困難でした。
そこで、熊本大学の研究者らは、物質を構成する原子がその化学構造や結合状態を反映して規則的に点在(配位)し、そのため着目する原子から隣接原子までの距離が離散的、つまりまばら(スパース)である事実に着目しました。EXAFS測定で得られたスペクトルの解析にスパースモデリングと呼ばれる情報抽出技術を適用した新規解析法を開発したのです。スパースモデリングは少ない情報から全体像をつかむことができる情報科学の手法で、近年天文学、医学、工学といった幅広い分野で適用が進んでいます。
新たな解析法は、一切の事前知識なく測定データのみから、(1)距離に対してまばらに配置している原子間の動径構造関数(ミクロ構造)を得ることと(2)デバイ・ワラー因子(近接原子の構造ゆらぎや可動性)の推定を実現しました。
新解析法の開発を主導した赤井教授は次のようにコメントしています。
「私たちが開発した新解析法はミクロ構造の仮定を必要としないため、構造がわからない新規材料や近接原子の揺らぎが重要な熱電材料、近接原子の可動性が重要で二次電池の固体電解質材料として注目される超イオン伝導材料のミクロ構造やデバイ・ワラー因子の評価で、重要な成果を生み出すことが期待できます。」
また、本研究では、標準試料の銅を対象として、スパースモデリングがEXAFS振動スペクトルの解析で有効にはたらくことを示しました。今後、従来法では詳細な解析が困難であった材料研究に応用することにより、新たな発展が期待できます。
本研究成果は、科学ジャーナル「Journal of the Physical Society of Japan」に平成30年6月22日に掲載されました。
*本研究は、熊本大学、九州シンクロトロン光研究センター、科学技術振興機構、東京大学の共同研究によって実施されました。
[Source]
Akai, I., Iwamitsu, K., Igarashi, Y., Okada, M., Setoyama, H., Okajima, T., and Hirai, Y. (2018). Sparse Modeling of an Extended X-Ray Absorption Fine-Structure Spectrum Based on a Single-Scattering Formalism. Journal of the Physical Society of Japan, 87(7), 074003. doi:10.7566/jpsj.87.074003
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Journal of the Physical Society of Japan