News Release

夢の筒状炭素分子「カーボンナノベルト」の合成に成功

〜単一構造のカーボンナノチューブの実現に道を拓く〜

Peer-Reviewed Publication

Institute of Transformative Bio-Molecules (ITbM), Nagoya University

Carbon Nanobelt

video: A carbon nanobelt is represented as a space-filing model. Carbon nanobelts may be used as a template for the synthesis of carbon nanotubes. view more 

Credit: Nagoya University

 JST戦略的創造研究推進事業において、ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎 研究総括(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長/教授)、瀬川 泰知 化学合成グループリーダー/研究総括補佐(名古屋大学 大学院理学研究科 特任准教授)、Guillaume Povie(ポビー ギョム) 博士研究員らは、カーボンナノチューブの部分構造を持つ筒状炭素分子「カーボンナノベルト」の世界初の合成に成功しました。

「カーボンナノベルト」は、初めて文献に登場してから約60年、さまざまな構造が提唱され、世界中の化学者が合成に挑戦してきた夢の分子です。しかし、筒状構造は大きなひずみを持つため合成が困難で、これを乗り越える有効な合成手法がなく、これまで合成されたことはありませんでした。

 本研究グループは、ひずみのない環状分子を筒状構造に変換する方法で、安価な石油成分であるパラキシレンを炭素原料に用い、11段階で「カーボンナノベルト」の合成に成功しました。さらに、各種分光学的分析を行い、合成された「カーボンナノベルト」がカーボンナノチューブと非常に近い構造や性質を持つことも確認できました。

 本研究成果は、単一構造のカーボンナノチューブ合成の実現や新しい機能性材料の開発に道を拓く画期的な成果です。

 本研究成果は、米国科学誌「Science」のオンライン速報版で公開されました。

ポイント

  • 約60年前に提唱された筒状炭素分子「カーボンナノベルト」はこれまで合成例がない。
  • 世界で初めて「カーボンナノベルト」の合成に成功した。安価な石油成分パラキシレンを炭素原料に用いて11段階で到達した。
  • 単一構造のカーボンナノチューブ合成などナノカーボン科学への応用が期待される。

<研究の背景と経緯>

 カーボンナノチューブは炭素原子だけでできた、太さ1〜数10ナノメートル、長さ数マイクロ〜数ミリメートルのチューブ状の物質です(図1)。カーボンナノチューブは、鉄の20倍といわれる強度に加え、熱や電気を通しやすく、非常に軽いことから、次世代材料として最も期待されている物質の1つです。カーボンナノチューブは1991年に、放電後にできる炭素のススの中から発見され、構造が明らかになって以来、世界中で研究されてきました。

カーボンナノチューブには直径や炭素の配列など無数の構造があり、構造の違いにより性質(導電性、半導体特性、光応答性、強度など)が大きく異なります(図2)。特定の機能を示す単一構造のカーボンナノチューブは、圧倒的に優れた機能性材料として利用できることが期待されるため、狙った構造のみのカーボンナノチューブを合成する手法が強く求められてきました。しかし、現在の製法ではさまざまな直径と構造を持つカーボンナノチューブが同時に生成するため、混合物としてしか得ることができず、さらに、混合物から単一構造のカーボンナノチューブを分離および精製する手法も確立されていません。また、カーボンナノチューブには大きなひずみがあり、合成が困難と予想される構造にも関わらず、なぜ自然発生的に形成するのか充分に解明されていないことも、単一構造のカーボンナノチューブを合成する有効な手段がない理由の1つとして挙げられます。

この課題を解決する有望な方法の1つが、「有機合成化学注1」によってカーボンナノチューブの部分構造を正確に合成し、それをテンプレート分子として単一構造のカーボンナノチューブへと伸長させる方法(カーボンナノチューブ伸長反応)」です(図3)。これを実現するために、カーボンナノチューブに近い構造を持つテンプレート分子の合成が求められていました。

<研究の内容>

 

本研究グループは、カーボンナノチューブの筒状構造を持つ炭素分子「カーボンナノベルト」の合成に初めて成功しました。「カーボンナノベルト」という名称は、ベンゼン環注2)同士が互いに辺を共有して(縮環して)筒状の構造を構成している炭素分子の総称として提唱されたものです。「カーボンナノベルト」の歴史は古く、1954年に文献に記載されたことに始まり、その後、さまざまな筒状炭素分子がこれまでに提案され、多くの化学者がそれらの合成に挑戦しました。1991年にカーボンナノチューブが発見されると、「カーボンナノベルト」がカーボンナノチューブの部分構造であることが明らかになり、ますます注目を集めるようになりました。しかし「カーボンナノベルト」は、平面構造が最も安定であるベンゼン環が筒状に曲がることで、大きなひずみが生じており、不安定で合成が困難な夢の分子として、有効な合成法がこれまで存在しませんでした。  本研究の成功の鍵は、初めにひずみのない環状分子を合成し、次に炭素炭素結合形成反応によって筒状構造に変換するという戦略を用いた点です(図4)。図5に示す通り、安価な石油成分であるパラキシレンから合成した部品AとBを順番に結合させていくことで、ベンゼン環6個と架橋部位を持つ環状分子Cを合成しました。このとき、最終段階で筒状構造に縮環する炭素原子全てに、反応性を高める「タグ」である臭素原子(Br)が結合しているように設計されています。2つの近接した炭素臭素結合を切断し、1つの炭素炭素結合に変換する反応はニッケル錯体を用いて行うことができ、これによって世界初の「カーボンナノベルト」の合成に成功しました。  

さらに、合成された「カーボンナノベルト」を各種分光学的手法によって詳細に解析しました。その結果、まずX線を用いた構造解析法によって、合成された「カーボンナノベルト」がカーボンナノチューブと同様の筒状構造を持つことが明らかになりました(図6)。また、可視光の吸収および蛍光の分析により、構造の剛直さや筒状構造全体を電子が通る性質を観測するとともに、ラマン分光法注3)によって、今回合成した「カーボンナノベルト」がカーボンナノチューブに非常に近い性質を持つ分子であることを実証しました。

<今後の展開>

 「カーボンナノベルト」は今後のナノカーボン科学を一新する分子です。今回得られたカーボンナノベルトは赤色蛍光を発する有機分子(図6)で、発光材料や半導体材料として各種電子デバイスに搭載できる可能性があります。さらに、カーボンナノベルトをテンプレートにした製法で単一構造のカーボンナノチューブが得られれば、軽くて曲げられるディスプレイや省電力の超集積CPU、バッテリーや太陽電池の効率化など、非常に幅広い応用が期待されます。

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<用語解説>

注1)有機合成化学:主にフラスコ内での反応によって、有機分子同士を狙った位置で正確に結合させる手法。

注2)ベンゼン環:炭素6個、水素6個からなる有機分子をベンゼンと呼び、その正六角形の炭素骨格をベンゼン環と呼ぶ。平面構造が最も安定であり、筒状に湾曲するとひずみを持つ。

注3)ラマン分光法:レーザー光を物質に当てて散乱した光の波長分布と強度を解析することで、分子の構造や結合に関する情報を得る方法。

<論文タイトル>

“Synthesis of a Carbon Nanobelt”
(カーボンナノベルトの合成)
DOI: 10.1126/science.aam8158
著者:Guillaume Povie, Yasutomo Segawa, Taishi Nishihara, Yuhei Miyauchi, Kenichiro Itami(ポビー・ギョム、瀬川 泰知、西原 大志、宮内 雄平、伊丹 健一郎)

<お問い合わせ先>


<研究に関すること>
伊丹 健一郎(イタミ ケンイチロウ)
ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長/教授
名古屋大学 大学院理学研究科 教授
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-788-6098 Fax:052-788-6098
E-mail Fitami@chem.nagoya-u.ac.jp

瀬川 泰知(セガワ ヤストモ)
ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 化学合成グループリーダー/研究総括補佐
名古屋大学 大学院理学研究科 特任准教授
Tel:052-789-5916 Fax:052-789-5916
E-mailFysegawa@nagoya-u.jp

三浦 亜季(ミウラ アキ)
ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究推進主任
Tel:052-789-5916 Fax:052-789-5916
E-mail Fmiura.aki@nagoya-u.jp


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