News Release

「意思決定」のための遺伝子を線虫から発見

高等動物 と共通 した 「情報 の積分 」による意思決定

Peer-Reviewed Publication

Osaka University

Figure 1 A Tiny Worm Makes a Decision By Calculating Mathematical Integration

image: A tiny worm makes a decision by calculating mathematical integration. view more 

Credit: The Kimura Lab/Osaka University

概要

大阪大学大学院理学研究科の谷本悠生特任研究員と木村幸太郎准教授らの共同研究チームは、線虫C. エレガンスが嫌いな匂いから遠ざかるために「意思決定」を行うこと、この意思決定のために特定の神経細胞が匂い濃度の情報の積分を計算して濃度情報を蓄積すること、さらにこの積分に関わる遺伝子がヒトにも存在する重要な遺伝子(L型電位依存性カルシウムチャネルであることを発見しました。

これまで、意思決定の脳内メカニズムはサルやネズミを中心にして様々な研究が行われており、神経細胞が情報を蓄積して意思決定を行うことが明らかになっていますが、そのための遺伝子は明らかになっていませんでした。

今回、本研究グループにより、線虫がサルやネズミと類似した仕組みで意思決定を行っている可能性が発見されたことから、線虫の「意思決定遺伝子」に似た遺伝子がヒトの意思決定にも関与している可能性が明らかになりました。

本研究成果は、2017年5月23日(火)16時(日本時間)に英文生命科学誌「eLife」(オンライン)に掲載されます。(報道解禁設定はありません。)

研究の背景

 ヒトや動物は、外部からの情報に基づいてさまざまな選択を行わなければいけません。例えば、何を食べるか、どこに行くか、誰と夫婦になるか、などです。この「情報に基づいた選択」は、重要な脳機能の1つである「意思決定」のシンプルな形であると考えられています。神経科学における「意思決定」の定義としては、(1) 連続的に変化する刺激情報に基づいて、何か一つの行動だけを選択する事、(2) 情報がはっきりしていればすぐに選択するが、情報がはっきりしていないと時間が掛かる(すなわち「慎重に考える」)、という2点を満たす事が主に考えられています。これら意思決定の特徴が、脳内のどのような神経活動に基づいて行われているかという研究は、ヒトに近いサルやネズミを用いてさかんに行われていました。しかし、これら動物の神経細胞は何百億以上もあるために解析が困難であり、詳細な仕組みは明らかになっていませんでした。

研究の成果

今回、研究チームは、神経細胞がわずか302個しかない線虫が、「意思決定」を行う事、この意思決定において刺激の「積分」を行って濃度情報を蓄積している事、さらにこの「積分」を行うための遺伝子を発見しました。

まず、研究チームは、2-ノナノンという嫌いな匂い物質から線虫が逃げる時は、他の刺激に比べてより正しい方向を選んで逃げているように見える事を発見しました。次に、線虫がどのように匂いを感じて逃げる方向を選んでいるのかを調べるために、研究チームは仮想の匂い勾配を作り出しながら線虫を自動的に追いかけて神経活動を測定するロボット顕微鏡「オーサカベン2」を作成し、匂いと神経活動と行動の関係を調べました。特に、匂い濃度の上昇または減少を感ずる神経細胞の活動を、細胞活動を反映することが知られているカルシウム濃度として測定し、さらにその結果を数理モデルを用いて解析しました。

その結果、嫌いな匂い濃度の上昇を感ずる神経細胞は、わずかな匂い濃度上昇を「微分」によって大きく検出し、逆走や方向転換をすばやく始めていました。逆に、匂い濃度の減少を感ずる神経細胞は、匂い濃度の減少を一定時間積み重ねる「積分」を行い、この値が一定に達した時にその方向にまっすぐに逃げる、ということが分かりました。すなわち、嫌いな匂い濃度上昇という好ましくない変化の時はわずかな変化に対して敏感に反応して素早くその方向へ進むことを中止し、一方、嫌いな匂い濃度減少という好ましい変化の時は時間を掛けて見極めてから慎重にその方向へ進むことを選択していました。(人間に例えると「危ない話はすぐに拒否する」、「おいしい話にはすぐには飛びつかない」ということです。)研究チームは、さらに「積分」と「微分」がどのように実現されているかを明らかにするために、幾つかの遺伝子を調べました。その結果、「積分」の際には、細胞の中と外を隔てる細胞膜上にある、1種類のカルシウム通路タンパク質(L型電位依存性カルシウムチャネル)を通して細胞の外からゆっくりとカルシウムが細胞の中に入ってくることで、匂い刺激の変化が細胞活動として積み重ねられることが分かりました。一方、「微分」の際には上記以外にも様々なカルシウム通路タンパク質が開くことで、素早くカルシウム濃度が上昇していることを示す実験結果が得られました。これらカルシウムチャネルはヒトにも共通しており、神経細胞活動に重要な遺伝子として知られていましたが、意思決定との関連は全く明らかになっていませんでした。

すなわち、研究チームは線虫が「意思決定」のように匂い勾配において進行方向を選択している事、「意思決定」のために匂い濃度の「積分」を神経細胞が行っている事、及び「積分」のための遺伝子を発見することができました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

サルやネズミを用いた意思決定の研究でも、脳の神経細胞が刺激の積分を行い、一定のレベルに達した時に行動を選択している事が知られており、この仕組みは我々人間にも共通していると考えられています。この積分の仕組みは、循環する神経回路の活動によって産み出されると考えられていますが、まだはっきりとは分かっていません。今回の発見は、1つの神経細胞の中での「意思決定のための刺激情報の積分」という仕組みがヒトから線虫まで共通した遺伝子によって実現されている可能性を明らかにしました。今後は、ヒトにおいてこの遺伝子と意思決定能力との関連を明らかにすることなどが期待されます。

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