News Release

ビタミンB2の新たな機能

―老化の原因となるミトコンドリア機能低下を改善するメカニズム解明―

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

ビタミンB2 による細胞老化抑制メカニズム

image: 老化ストレスを受けた細胞は SLC52A1 を産生し、細胞外からのビタミンB2の取込みを増加させる。細胞内に取込まれたビタミンB2は FAD に変換され、ミトコンドリア呼吸鎖複合体IIの補酵素となることでミトコンドリアのエネルギー産生を上昇させる。これにより細胞老化を誘導する働きを持つ AMPK や p53 が不活化されることで、老化ストレスによる細胞老化誘導が抑制される。 view more 

Credit: Taiki Nagano

神戸大学バイオシグナル総合研究センターの長野太輝助手、鎌田真司教授らの研究グループは老化ストレスを受けた細胞にビタミンB2を添加するとミトコンドリアのエネルギー産生機能が増強され、老化状態に至るのを防止する効果があることを明らかにしました。老化した細胞が体内に蓄積すると加齢性疾患や全身の老化の原因となることが示されていますので、今後ビタミンB2を利用した医薬品や栄養補助食品により細胞の老化を抑制することで加齢性疾患の予防・改善や健康寿命の伸長につながる可能性があります。この研究成果は、11月1日に、国際学術雑誌「Molecular Biology of the Cell」に掲載されました。「Molecular Biology of the Cell」は全世界で7,500人以上の分子生物学研究者の所属するアメリカ細胞生物学会が発刊する国際学術雑誌です。

ポイント

  • 老化した細胞の蓄積は体の老化の原因となり、これを抑えることで加齢性疾患の予防や治療ができることがマウスの実験で証明されている
  • 研究グループは細胞が老化ストレスに反応してビタミンB2を取り込む能力を高めることで、老化状態に陥るのを防ぐ現象を見つけた
  • ビタミンB2はエネルギー産生に働くミトコンドリアを活性化することで細胞老化を抑制していた
  • 今後ビタミンB2と老化抑制の関係が詳しくわかれば、食事やサプリメントを利用した簡便かつ安全な加齢性疾患の治療法開発につながる可能性がある

研究の背景

超高齢社会を迎えた日本では医療・福祉問題の解決に向け、健康で長生きするための老化研究の重要性が高まっています。体が老化する仕組みは完全にはわかっていませんが、体を作っている細胞の老化が一因であることが明らかになっています。細胞は分裂を繰り返すたびに染色体の末端部にあるテロメアという部分が短くなっていき、ある一定を超えると「細胞老化」という分裂不能な状態に陥ります。さらにその後の研究でテロメアが短くなる以外にも、DNAの損傷や活性酸素の発生といった様々なストレスが原因で細胞が老化状態になることがわかり、ストレスにより発生した老化細胞は加齢に伴って体内に蓄積していくと考えられています。ここ10年ほどの老化研究から、老化細胞は全身の臓器の機能低下を引き起こす有害な作用を持ち、老化細胞の蓄積を防ぐことでがんや心血管疾患、アルツハイマー病、糖尿病などの加齢により発症しやすくなる加齢性疾患の改善や予防ができることがわかってきました。老化細胞の蓄積を抑えて健康寿命を伸ばす医薬品の開発は世界中で熾烈を極めていますが、副作用などの問題からまだ実用化された薬はありません。

一方、ビタミンは人体の機能を正常に保つために必要な微量栄養素であり、体内で合成できないため食物などから摂取する必要があります。そのうち、ビタミンB2(リボフラビンとも呼ばれます)は肉類や卵、乳製品に多く含まれ、体内でのエネルギー産生や代謝に重要なビタミンです。欠乏すると口内炎や貧血などの症状が出ますが、反対に過剰摂取してもすぐに排出されるため悪影響はありません。ビタミンB2は健康維持に必須な栄養素でありながら、老化との関連は研究されてきませんでした。日常的に摂取している栄養素で細胞老化を制御できれば低コストで安全な抗加齢薬が実現できることが期待されるため、研究チームはビタミンB2が細胞老化に与える影響を研究しました。

研究の内容

研究チームはヒト細胞にDNAを傷つける薬剤で老化状態を誘導するストレスを与えても直ぐには老化せず、SLC52A1というビタミンB2を細胞内に取り込むタンパク質(ビタミンB2トランスポーター※1)の産生量を増やすことで細胞老化に抵抗性を示すという現象を発見しました。そこで、細胞に老化ストレスを与えた後に培養液のビタミンB2含有量を増やす実験を行ったところ、培養液中のビタミンB2の量に応じて老化への抵抗性が強くなりました。ビタミンB2は細胞内でフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)という物質に変換され、エネルギー産生など生命活動に必要な化学反応を促進する補酵素※2として働きます。実際に、老化ストレスを受けた細胞ではFADの存在量が増えたことから、細胞内に取り込まれたビタミンB2はFADに変換されて老化抑制に働いていることがわかりました。

次に研究チームはFADが細胞老化を抑制する仕組みを調べるためにミトコンドリア※3に注目しました。ミトコンドリアは機能低下により細胞を老化させることや、FADがミトコンドリアでのエネルギー産生に重要なタンパク質である呼吸鎖複合体II※4の補酵素として働くことが知られています。老化ストレスを与えた際のミトコンドリアの働きを調べた結果、驚いたことに老化ストレスを受けた細胞は一時的にミトコンドリアの活性を高め、その後活性が低下すると老化状態に陥ることを見出しました。さらに、培養液中のビタミンB2含有量を増やすと老化ストレスを受けてから時間が経ってもミトコンドリア活性が高い状態が維持され、老化抵抗性も高い状態が持続することが明らかとなりました。

最後にミトコンドリアの活性化がどのような仕組みで老化抵抗性につながるのかを明らかにするため、細胞内のエネルギー不足を検知して働くAMPK※5という酵素の活性を調べたところ、ミトコンドリアの活性化によりAMPK活性が抑えられることがわかりました。逆にミトコンドリアの働きを薬剤で抑えるとエネルギー不足を検知したAMPKが活性化し、細胞老化を誘導するp53※6というタンパク質に細胞分裂を止めるように指令を出すことで老化状態に至ることがわかりました。以上の結果から、ビタミンB2は老化ストレスを受けた細胞のミトコンドリア活性を高め、AMPKやp53の働きを抑えることで老化状態に陥るのを防いでいることが明らかになりました。

今後の展開

ビタミンB2は食事やサプリメントにより容易に摂取することができ、万一過剰摂取しても速やかに体外に排出されるため、今回の研究で明らかになったビタミンB2による細胞の老化抑制効果を応用すれば、簡便かつ安全な加齢性疾患の治療薬として発展させられることが期待されます。今後は治療薬の実用化に向け、動物実験でビタミンB2の抗老化効果を検証する研究を進めていきます。

用語解説
※1 トランスポーター

私たちの体を構成する細胞は細胞膜という脂質の膜によって細胞の内側と外側が隔てられている。そのため物質は細胞膜を超えた自由な移動はできず、細胞膜を隔てた物質の輸送は細胞膜を貫通して存在するトランスポーター(輸送体)というタンパク質が行っている。それぞれのトランスポーターには輸送を担当する物質(基質)が決まっており、本研究で扱うSLC52A1タンパク質はビタミンB2の輸送を担うトランスポーターである。
※2 補酵素
生命活動に必要な化学反応を引き起こす働きを持つタンパク質を「酵素」と呼ぶが、タンパク質のみでは働けず、補酵素と結合することで初めて酵素としての機能を持つものも存在する。補酵素の多くはビタミン類であるが、ビタミンB2(リボフラビン)は細胞に取り込まれた後、FADという物質に変換され、補酵素として様々な化学反応を進行させる(ヒトではFADを補酵素とするタンパク質は60種類以上存在する)。
※3 ミトコンドリア
細胞内に存在する小器官であり、生命活動の主要なエネルギー源であるATPという物質を産生する発電所のような役割を持つ。ミトコンドリアによるエネルギー産生は細胞の正常な機能の維持に重要であるとともに、酸素を用いて高効率でATPを産生する経路である呼吸鎖(電子伝達系)に異常をきたすと細胞老化の原因となる活性酸素が発生することから、ミトコンドリアと老化との関連が盛んに研究されている。
※4 ミトコンドリア呼吸鎖複合体II
呼吸鎖(電子伝達系)はミトコンドリアの高効率なエネルギー産生経路であり、四種類の巨大なタンパク質複合体(呼吸鎖複合体I〜IV)が関与する。このうち呼吸鎖複合体IIは補酵素としてFADを必要とするタンパク質である。
※5 AMPK
AMP-activated proteinkinaseの略称であり、細胞内のエネルギー状態(ATP量)を検知するセンサーのような働きを持つタンパク質である。AMPKは細胞内のエネルギーが低下すると標的となるタンパク質を活性化させることで低エネルギー状態であるという情報を発信し、エネルギー産生の増加や細胞分裂の停止といった指令を細胞内に伝達する。
※6 p53
細胞のがん化(無制限に細胞分裂を繰り返す)を抑制する働きを持つことから「がん抑制遺伝子」と呼ばれ、細胞を分裂不能状態である老化に至らせる際にも重要な役割を担っている。細胞が低エネルギー状態になるとAMPKにより活性化され、細胞分裂の停止に働く。

謝辞

本研究は、JSPS科研費25640063、17K15595、20K07591、20K15791及び上原記念生命科学財団、株式会社リバネスの助成を受けました。


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