News Release

がんや慢性炎症などの病的血管新生を引き起こすユニークかつダイナミックなエピゲノム修飾

Defying conventional epigenomic wisdom, the non-conventional polycomb (PRC)1 variant paradoxically overwhelms the conventional PRC-mediated gene silencing in activated endothelial cells.

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

image: On the cover: Kanki and Minami et al. present a global mapping of VEGF-mediated dynamic transcriptional events, focusing on major histone-code profiles using ChIP-seq. They identify a bivalent histone-marked immediate-early transcription factor essential for VEGF-responsive angiogenesis. The cover highlights the retina's non-canonical polycomb 1 (PRC1.3)-mediated proper postnatal vascular network. Colors indicate green, CD31; magenta, isolectin B4. view more 

Credit: Dr. Takashi Minami

(概要説明)

 熊本大学生命資源研究支援センター/大学院生命科学研究部 南 敬教授らの研究グループは、血管新生刺激を加えた血管内皮細胞でのエピゲノム*1変化のシステム解析によって、血管新生に不可欠な遺伝子の誘導を行う転写因子に限定された極めてユニークなエピゲノム修飾 (Bivalent histone switch) を見出し、この修飾を担うヒストン修飾因子が実際に生後の血管新生に必須であることをモデルマウスから明らかにしました。これまで、がんや幹細胞での包括的なエピゲノムデータ解析は行われてきましたが、正常血管内皮細胞での血管新生刺激でのエピゲノム動態変化は全くわかっていませんでした。今後、本研究成果により正常血管細胞でのエピゲノムデータベース(データサイエンス)の構築や、ヒト三大疾病全てに関わる加齢血管病を防護する選択的なエピゲノム創薬に繋がることが期待されます。本研究成果は令和4年2月8日(米国東海岸時間午前10時)に生命医科学雑誌「Cell Reports」に掲載されます。本研究は科研費基盤研究の支援を受けて実施したものです。

 

(説明)

[背景] 身体全体に広がる血管ネットワークは生体を一定の状態に保つ生体恒常性の基本です。この血管をつくる基礎をなすのが血管内皮細胞であり、この細胞が正常に分化・発生し、適切に機能することでヒトをはじめとした生物は正常に発生し、胎児から成人へと大きくなることができます。一方、生後・加齢変化を含め、この血管系が不適切な場所で異常に活性化すると、がんや心疾患、脳血管疾患など三大疾病に繋がることもわかってきました。しかし、生後の血管新生を引き起こす内皮細胞での詳細な活性化の仕組みや、エピゲノム変化については全くわかっていませんでした。

[研究の内容] そこで生後の分化内皮細胞の代表としてヒト臍帯静脈内皮細胞を用い、血管新生に必須な血管内皮増殖因子「VEGF*2」シグナルにおけるエピゲノム変化(遺伝子変動とヒストン修飾変動)を分単位で経時的にゲノムワイドで解析し、データリソースとしてカタログ化して、どのタイミングでどこが変化しているかがわかるようにマッピングしました。更に、主要なエピゲノム修飾因子での血管新生への関与や、モデルマウスを用いた状態変化を解析しました。

[成果] その結果、血管内皮細胞が VEGF シグナルを受けると、転写因子 NFAT*3 が核内移行するタイミングに合わせ、血管新生誘導に不可欠な 7 つの即時型転写因子*4群のみにユニークな Bivalent スイッチが入ることを初めて見出しました。「Bivalent」とは転写活性(アクセル)と転写抑制(ブレーキ)の両方の修飾機能を併せ持っていることを意味します。

 このようなH3K27me3*5 (転写ブレーキマーク)と H3K4me3*6 (転写アクセルマーク) が共存するBivalent ヒストン修飾*7は、ES細胞や iPS 細胞といった未分化幹細胞が分化する際の転写因子の発現制御領域に生じることがこれまで知られていました。しかし成熟細胞である内皮細胞での Bivalent スイッチは極めて動的かつ特殊で、Canonical polycomb (PRC)2*8 の働きで H3K27me3 修飾が濃縮している、血管新生誘導性の即時型転写因子群の遺伝子領域のみに生じることがわかりました。

 まず、PRC2によりブレーキがはたらいている状態の本ゲノム領域に、noncanonical PRC1*9 variant (内皮では PRC1.3)が VEGF 刺激15分後に結合し、canonical PRC1 10(ブレーキ)が再びやってくるまで PRC2 によるブレーキを無効化します。そして、その VEGF 刺激15分後 (NFAT 核内移行のタイミング)に、 NFAT と相互作用する PTIP11が MLL3/412 を即時型転写因子群の遺伝子領域に誘導し、H3K4me3 マーク(アクセル)を入れることにより、血管新生に特化した転写因子群に限定した Bivalent スイッチが入ることが判明しました。従って VEGF 刺激15分後から、再度 canonical PRC1 での強いブレーキがかかる VEGF 刺激 60 分後までは、H3K27me3 修飾(ブレーキ)がありながら転写誘導できることになります。

 更にこの Bivalent スイッチの構成要素である PRC1.3 の主要なタンパク PCGF3 や PTIP を内皮細胞特異的に除去すると、発生期血管には影響を与えず、生後のVEGF による血管新生のみが抑制され、がん増殖の遅延や病的炎症も抑制できることが判明しました。

[展開] 最近、エピゲノムの概念はヒストン修飾や核内構造などの「クロマチン生物学」として捉えられるようになり、主に幹細胞やがん細胞において解析が進められてきました。今回正常内皮細胞にてエピゲノムデータベースを初めて構築できたことから、今後の血管新生研究に繋がる内皮活性化シグナルでのエピゲノム解析の礎を担うものと考えています。これまで血管新生阻害手法を用いた抗炎症薬や抗がん薬では血管形成期(発生・妊娠期)での副作用を考慮する必然性がありましたが、PTIP-NFAT 相互作用を特異的に阻害する薬剤開発や、noncanonical PRC1.3 に焦点を絞ったエピゲノム創薬が、がん・脳血管障害・心不全などのヒト三大疾病全てに直結する加齢での血管病を防護する選択的な創薬に繋がることが期待されます。

 

[用語解説]

*1 エピゲノム: DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子のはたらきを化学修飾などによって決めるしくみ。ゲノムはヒストンで周りを取り囲まれコンパクトに収納されている。このヒストンの端にメチル化やアセチル化といった化学修飾が生じることで、この部分の遺伝情報の読み取りを活性化させる(アクセル)か、抑制する(ブレーキ)かをコントロールしている。

*2 VEGF: 血管内皮細胞の増殖・炎症を引き起こす血管新生因子。

*3 NFAT: 血管内皮細胞では VEGF シグナルに応じカルシニューリン活性化に伴い、核内移行し、転写因子として機能する。

*4 即時型転写因子: 最初に増殖に必要なタンパクの誘導を担う転写因子。すぐに誘導された後、すぐに誘導が終息する。

*5 H3K27me3: ヒストンH3テール27番目のリジンにメチル基が3つ結合した転写抑制ブレーキヒストンコードで、ポリコーム2により媒介されマーキングされる。

*6 H3K4me3: ヒストンH3テール4番目のリジンにメチル基が3つ結合した転写促進アクセルヒストンコードで、トリソラックスにより媒介される。

*7 Bivalent ヒストン修飾: 転写アクセル (H3K4me3)とブレーキ (H3K27me3)ヒストンマークが両方入っているヒストンコードの状態。

*8 PolycombPRC2: EZH2, SUZ12, EED 等をコアタンパクとしてもつH3K27me3 修飾を入れるエピゲノム因子。

*9 Noncanonical PRC1: コアタンパクPcgf1,3,5 などからなる非典型的なPRC1 複合体。これまで Pcgf5 をもつ PRC1.5 が転写促進として働き神経新生に重要なことは報告されているが (Reinberg et.al. Nature)、我々は pcgf3 を核とする PRC1.3 が内皮での血管新生では中心的に寄与し、Canonical PRC1 のジョーカー的働きで PRC1 でありながら、逆に転写促進する方向で遺伝子を誘導することを見出した。

10 Canonical PRC1: コアタンパクRing1, Pcgf2/4 などからなる転写抑制複合体。ヒストンH2Aテールの129番目のリジンのユビキチン化を介し、クロマチンを凝集する。

11 PTIP: MLL3/4 のガイダンス機能だけでなく、抗がん DNA 修復因子である BRCA1/2 の下流制御で染色体複製にも関与することも知られている (Nussenzweig, et.al. Nature 2016)。

12 MLL3/4: トリソラックス複合体で H3K4me3 を入れるエピゲノム因子。共通のガイダンス(酵素本体をクロマチンに結合させる)因子として PTIP が存在する。MLL1/2 のガイダンス因子は MENIN など異なることが知られる。

 

 

(論文情報)

論文名:Bivalent histone marked immediate-early gene regulation is vital for VEGF-responsive angiogenesis

著者:Yasuharu Kanki, Masashi Muramatsu, Yuri Miyamura, Kenta Kikuchi, Yoshiki Higashijima, Ryo Nakaki, Jun-ichi Suehiro, Yuji Sasaki, Yoshiaki Kubota, Haruhiko Koseki, Hiroshi Morioka, Tatsuhiko Kodama, Mitsuyoshi Nakao, Daisuke Kurotaki, Hiroyuki Aburatani, Takashi Minami

掲載誌:Cell Reports

doi:10.1016/j.celrep.2022.110332

URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.110332


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