News Release

赤錆の光触媒作用で水素と過酸化水素を同時に製造

―太陽光水素の利用拡大に期待―

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1.水素・過酸化水素生成用メソ結晶光触媒

image: ヘマタイトメソ結晶(約20ナノメートルの微粒子の集合体)にドーピングしたSn2+とTi4+が焼成することで熱拡散し、複合酸化物(SnTiOx)として偏析する。最表面のSnは酸化されてSnO2となっている。 view more 

Credit: 立川貴士

神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士准教授、同大学院科学技術イノベーション研究科・システム情報学研究科の天能精一郎教授、土持崇嗣准教授らの共同研究チームは、赤錆(ヘマタイト)注1)の光触媒注2)作用によって、太陽光と水から水素ガスと有用化成品である過酸化水素注3)を同時製造することに成功しました。

脱炭素社会の実現に向け、太陽光エネルギーを利用したCO2フリー水素の製造が注目されています。光触媒作用による太陽光水分解によって、水素とともに、健康や食料生産に資する有用な化成品を同時に製造できれば、より高付加価値な太陽光水素利活用システムの開発につながります。

今回、立川准教授らは、安全・安価・安定で、可視光を幅広く吸収できるヘマタイトのメソ結晶注4)に異種金属イオンをドーピング注5)し、電極化することで、水素とともに、消毒・漂白・土壌改質等で用いられる過酸化水素を製造することを見出しました。

今後は実用化を目指し、開発した光触媒電極をさらに高効率化するとともに、社会実装への取り掛かりとして、セルを構成し小型モジュール化を図っていきます。更に本メソ結晶技術を様々な材料や反応系に展開していく予定です。

本研究は、高輝度光科学研究センターの伊奈稔哲研究員、尾原幸治主幹研究員、山田大貴研究員、名古屋大学未来材料・システム研究所の武藤俊介教授との共同研究であり、この成果は令和4年3月23日(日本時間19時)に英国Nature Publishing GroupのNature Communicationsのオンライン速報版で公開されます。

ポイント

  • 従来、過酸化水素生成に適していなかったヘマタイトに、異種金属イオン(スズ、チタン)をドーピングし、焼成することで、高活性な複合酸化物助触媒注6)を形成
  • 酸素に代わって、消毒・漂白・土壌改質等、多用途で使用される過酸化水素をオンサイトで製造することで、太陽光水素のコスト低下や利用拡大に貢献

研究の背景と経緯

昨今の環境・エネルギー問題の高まりを受け、次世代エネルギーのひとつである水素が注目されています。この水素を太陽光と水からつくり出すことができる光触媒は夢の材料ですが、実用化への目途とされている10%の効率を達成しても、水素コストは目標値に達しないという指摘があります。この問題を克服するために、有用な化成品も同時に製造できる、高付加価値で競争力のある次世代型太陽光利活用システムの開発が強く望まれています。

これまで立川准教授らは、光触媒の微粒子(数十ナノメートル)を精密に並べることで、電子と正孔(価電子が欠けてできた穴)の流れを制御する「メソ結晶技術」を開発してきました。最近では、本技術を赤錆として知られるヘマタイトに適用し、光エネルギー変換効率注7)の大幅向上に成功しています。

本研究では、従来、過酸化水素の生成には適していなかったヘマタイトの表面をスズとチタンを含む複合酸化物で被覆することで、水素と過酸化水素が極めて高い効率と選択性で生成されることを見出しました。

研究の内容

メソ結晶技術:光触媒反応における効率低下の主要因は、光照射によって生成した電子と正孔が基質分子(本研究では水)と反応する前に再結合してしまうことです。立川准教授らは、光触媒粒子の配向を揃えて三次元構造化した「メソ結晶」をソルボサーマル法注8)によって合成し、さらに、メソ結晶を導電性ガラス上に集積・焼成することで、導電性と水分解性能に優れたメソ結晶光触媒電極を作製しました(図1)。

ドーパント偏析による過酸化水素生成助触媒の形成:通常、ヘマタイトを用いた光触媒水分解では、水の酸化によって酸素が生成されます。このヘマタイトにスズイオン(Sn2+)とチタンイオン(Ti4+)をドーピングし、700℃で焼成すると、スズ、チタンの順に粒子表面に偏析し、過酸化水素生成に高い選択性を有する複合酸化物(SnTiOx)助触媒が形成されます(図1)。これらの構造変化は、大型放射光施設SPring-8注9)のビームラインBL01B1、BL04B2における高輝度放射光を用いたX線吸収・全散乱計測および電子エネルギー損失分光法注10)を用いた高分解能電子顕微鏡解析によって明らかになりました。

光触媒性能と原理:擬似太陽光の照射下、光触媒電極に電圧を印加したところ、水分解反応が進行しました(図2a)。水素の生成量に対応する光電流密度と過酸化水素の選択性を示すファラデー効率注11)を調べたところ、異種金属イオンをどちらか1種類のみドーピングした場合は、水素と過酸化水素の生成に得手不得手があることがわかりました。一方、Sn2+とTi4+の両方をドーピングしたヘマタイトでは、高い効率と選択性で水素と過酸化水素を同時に生成しています。また、第一原理計算注12)から、ヘマタイト上に形成されたSnTiOx助触媒の構造として、数ナノメートルのSnO2/SnTiO3層が示唆されました(図2b)。

今後の展開
光触媒として有用なヘマタイトの表面を改質することで、これまでほとんど生成しなかった過酸化水素を高い効率と選択性で得ることに成功しました。今後は、光触媒電極の更なる高効率化と太陽光水素・過酸化水素オンサイト製造システムの開発を産学協働で進めるとともに、他の金属酸化物や反応系への応用展開を図っていきます。

参考資料
図1.水素・過酸化水素生成用メソ結晶光触媒
ヘマタイトメソ結晶(約20ナノメートルの微粒子の集合体)にドーピングしたSn2+とTi4+が焼成することで熱拡散し、複合酸化物(SnTiOx)として偏析する。最表面のSnは酸化されてSnO2となっている。
図2.光水分解特性と高活性助触媒の探索
(a)添加した異種金属イオンによる光水分解特性の違い。アノード注13)には光触媒電極、カソード注14)には白金電極を用いた。電位は可逆水素電極(RHE)を基準とし、水が酸化されて酸素になる1.23Vの電圧を印加した。Ti4+をドーピングした光触媒電極では水素の生成効率が高くなるが、過酸化水素の選択性は低い。Sn2+をドーピングした場合は、過酸化水素の選択性は向上するが水素の生成量は低下する。Sn2+とTi4+をドーピングした場合、水素、過酸化水素を共に高い効率と選択性で生成する。(b)第一原理計算による高活性助触媒の探索。過酸化水素生成に最も適したSnTiOx助触媒の構造として、SnTiO3の上に形成した1ナノメートル程度のSnO2層が推定された。吸着OHに関するギブズエネルギー変化が1.76eVに近いほど、過酸化水素生成対する触媒活性が高い。

用語解説
注1) ヘマタイト(α-Fe2O3
酸化鉄のひとつ。ヘマタイトは安全・安価・安定(pH > 3)であるとともに、広域の可視光(約600ナノメートル以下)を吸収できる。
注2) 光触媒
光を照射することにより触媒作用を示す物質。光触媒を導電性ガラス(フッ素ドープ酸化スズを成膜したガラス基板)上に塗布し、電極化したものを光触媒電極といい、光電極とも呼ばれる。本研究では、水を酸化分解し、過酸化水素を生成する反応に光触媒を用いている。
注3) 過酸化水素
過酸化水素(H2O2)は消毒剤や洗剤、化粧品、漂白剤、浄水等の用途で幅広く用いられている。主な製造法であるアントラキノン法は大規模な化学工場を必要とし、有機廃棄物やCO2を排出する。また、H2O2は安定性に欠けるため、輸送のコストと危険性が懸念される。一方、H2O2水溶液を安全、安価かつグリーンなプロセスで合成できる本手法はO2と比べ市場価値が高いH2O2を同時に製造することで、水素コストを下げることもできる。
注4) メソ結晶
ナノ粒子が規則正しく三次元的に配列した多孔性の構造体。数百ナノメートルからマイクロメートルのサイズで、ナノ粒子間の空隙に由来する2~50ナノメートルの細孔を有する。
注5) ドーピング
結晶の物性を変化させるために少量の不純物を添加すること。ドーパントが結晶内部を拡散し、表面で析出する現象をドーパント偏析という。
注6) 助触媒
光触媒と組み合わせることで触媒反応を促進する物質。本研究では、スズとチタンの複合酸化物が過酸化水素生成を促進する助触媒として機能している。
注7) 光エネルギー変換効率
入射する光子の数に対して、反応に利用された光子の割合。
注8) ソルボサーマル法
高温、高圧の溶媒を用いて固体を合成する方法。
注9) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
注10) 電子エネルギー損失分光法
入射した電子線が試料内の電子を励起する際に失ったエネルギーを測定することで、試料の組成や元素の結合状態を分析する分光法。走査透過型電子顕微鏡と組み合わせることにより、微小領域を高い空間分解能で分析できる。
注11) ファラデー効率
全電流に対する生成物に寄与した部分電流の割合。
注12) 第一原理計算
密度汎関数理論(Density Functional Theory)に基づく物質内の電子運動の計算手法。固体や分子の最適構造や、表面吸着エネルギー等の物性を計算することができる。
注13) アノード
電気化学的に酸化反応が起こる電極のこと。
注14) カソード
電気化学的に還元反応が起こる電極のこと。

特記事項
本成果は、主に、科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同(育成型)における研究課題「太陽光水素と有用化成品の同時製造を目指した新規メソ結晶光触媒の開発」(JPMJTR20TD)(研究代表者:立川貴士)、科学研究費助成事業 基盤研究(B)における研究課題「高効率かつ高選択的な光触媒水分解のための基礎学理構築」(代表者:立川貴士)、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「「富岳」を活用した革新的光エネルギー変換材料の実現」(JPMXP1020210317)(神戸大学分担分)、株式会社カネカとの共同研究によって得られました。放射光測定はJASRIの支援を受け、SPring-8のビームラインBL01B1、BL04B2にて実施されました(2020A1208、2021A1114、2020A1209、2021A1113) 。電子顕微鏡測定は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題とし、名古屋大学微細構造解析プラットフォームの支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル

“Binary dopant segregation enables hematite-based heterostructures for highly efficient solar H2O2 synthesis”(二成分ドーパント偏析による高効率太陽光H2O2合成のためのヘマタイトヘテロ構造)
DOI: 10.1038/s41467-022-28944-y
著者
Zhujun Zhang, Takashi Tsuchimochi, Toshiaki Ina, Yoshitaka Kumabe, Shunsuke Muto, Koji Ohara, Hiroki Yamada, Seiichiro L. Ten-no, Takashi Tachikawa
掲載誌
Nature Communications
 


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